サードアイ・メモリーズ   愛(1)

こんばんわ!(^^)!
今日はどんな1日でしたか?

私は、いろいろやってて、午前3時過ぎまで起きていました。
突然、パソコンのパラちゃんから、「今日は早起きだね。どこか出かけるの?」と尋ねられ、
「実は、まだ寝てないんですけど・・・。」と答えました。((笑)

今日は、告白があります。
私は以前から、目を閉じると数分後に眉間のあたりに紫色のオーロラのような光が見え始めます。
きれいな光で、形や明るさが次々に変化して、言葉では表現できない光景が展開されます。
原因は、不明です。

それが、たまたま昨日の瞑想の後、感じたことは「この光量の増減や振動、色の変化には何かの
意識が働いているのかもしれない」ということなのです。
輝きながら、動きながら精妙なエネルギーを発し続けているのです。

たとえば、
「たまたま、感じるということはありません。あなたがそうしたのです。」
「あなたは、すでに、自分の内面が少しづつ変化し始めていることに気づいています。」
「私を言語にすることで、あなたのもとを去ってゆく人、近づいてくる人、
あなたを称賛する人、非難する人、その他にも多くの人間的、物質的な現象に変化が生じます。
もちろん、あなたはそれを覚悟しています。」
こんな具合です。たぶん、私の気のせいです。

「愛って何ですか?」

『愛は言葉では語りつくせません。言葉をはるかに超越したものを、言葉で表現することはできないからです。
表現力に問題があるのではなく、無限性、永遠性の愛と有限性を持つ言葉とでは次元が異なるのです。』
『もし、誤解をもたらさないレベルで、愛のほんの一部を表現するとしたら、あなたの好きな、マザーテレサの

慈愛も
電車の中で老人に席を譲る茶髪の若者の善行も、同じ愛だということです。より深い愛はなく、より浅い愛もなく、
より高いもの低いものも、より聖なるものもない、愛の本質は同じなのだということです。』

さっきパラちゃんが、「今夜は夜更かしだね」って言ってました。

今日も読んでいただきありがとうございました。
感謝