こんにちは!
昨夜は「ひふみ会」を開催しました。
今回も初参加のメンバーが加わり、楽しい時間を過ごさせていただきました。
どうもありがとうございました(・∀・)
出会いって素晴らしい♪
さて、本日は「二元性」についてお話しいたします。
「光」と「闇」
「男性」と「女性」
「正」と「誤」
「善」と「悪」
「正義感」と「罪悪感」
「優越感」と「劣等感」
「好き」と「嫌い」
「快」と「不快」 などなど
この世には、一見すると対極のように感じられる概念があふれています。
そして私たちは、「自分」と「他人」を“別の存在”と認識しながら生きています。
日常生活の中で、自然と「自分」と「他人」を比較し、区別しているのです。
「◯◯は間違っている!私が正しいんだ!」
「◯◯は素晴らしい!私は劣っているんだ…」
「◯◯は好き!△△は嫌い!」
少し見方を変えてみると、私たちは比較をすることで「自分」という存在を浮き上がらせているのです。
「自分」しか存在しない世界であれば、「自分」というものを深く知ることもできないのかもしれません。
これは、他人との関係だけでなく、すべての物事に当てはまることです。
そう考えると、対極するすべての概念は、それぞれが“補い合い”ながら存在しているのだと言えるのではないでしょうか。
「闇があるから光が輝くことができる」
「嫌いなものがあるから、好きなものを好きだと感じられる」
「辛い時があるから、幸せを幸せだと感じられる」
自分にとって“嫌な人”や“嫌なこと”が存在する場合、「それが自分の何を補ってくれているのか?」に気づけるかどうか…
そんな「相補」の視点を持つことが、自分の助けとなってくれるかもしれません。
さらに別の視点から。
心理学的に見れば、自分にとって“嫌な人”や“嫌なこと”というのは、「投影」の表れだと考えることもできます。
他人は自分を映す鏡です。
他人をはじめとする、自分の目に映るものを、どのように見るのか?
それが今の自分のレベルを如実に表しているのです。
他人に怒りをおぼえる時、自分の中に別の怒りが存在しているのかもしれません。
他人が可哀想だと同情する時、自分の中に別の何かを可哀想だと反応している自分がいるのかもしれません。
他人を劣っていると感じる時、そこには、同じような基準で自分自身を裁く自分が存在しているのかもしれせん。
「なぜ私にはそのように見えるのだろうか?」と一歩立ち止まって考えてみることも、新たな気づきを与えてくれるかもしれません。
最後に、矛盾するように感じられるかもしれませんが…
この世界は二元的であると同時に、みんなひとつです!
「相補」と「投影」の考え方を武器に、「二元性」を自らの味方として生きていけたらいいですよね(`・ω・´)ゞ
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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