小坊主のつぶやき/自由って、平等って、なんだかなぁ(2017/2/16)

こんにちは、小坊主でごいす。

今日は暖かくて気分もso goodでございます。

 

さて、最近feelしていることを連々と。

しばしお付き合いいただけるとhappyです。

 

 

最近、世間で話題になる様々な出来事や、それに対する人々の反応を見ていると、「なんだかなぁ~(阿藤快さん風)」という感じがしております。

 

政治家や芸能人、はたまたYouTuberなどの一般人まで…

誰かが何かをした時に、一斉に繰り広げられる批評の数々。

そういえば、最近はテレビでも、とりあげた話題について議論し合うスタイルの番組が多いような…

(不平、不満、怒りの底には、違った感情がうごめいているのでしょう)

 

社会生活を送る上で、「間違っているものは間違っている」と指摘し、アドバイスをするというのは尤もなことだと思います。

しかし、そういったこととは違った次元で、私は、なんとなく違和感を感じるのです。

 

「なんだかなぁ~(阿藤快さん風)」

 

世の中に“閉塞感”や“生きづらさ”を生み出す要因の一つが、「同一性」を要求するメカニズムにあるのではないでしょうか。

皆が「同じ」であることを善しとする意識が、いつの間にか、私たちの中に組み込まれているのではないか…

それは、家庭や学校などでの教育によるものかもしれません。

もっと大きな視点から見れば、今、機能している世の中をコントロールする政治や社会の力によるものかもしれません。

原因を探ろうとすれば、それこそ様々な要素が絡み合っているでしょうから、ここでは割愛させていただきますが。

 

 

では、私たちが生きる上での“最高の目的”とは、一体どんなことだと思いますか?

 

その一つは、「真の自分を創造すること」であると、私は考えています。

簡単に言うなら…

「自分のやりたいことをやりたいようにやる」

「(他人ではなく)自分がコントロールしながら自分自身を創造していく」

こんな感じでしょうか。

そのような考え方に立った時、「同一性」を求める社会システムは、人々の“最高の目的”の実現に反する働きをするように感じられるのです。

 

 

「同一性」についての適切な解釈も重要です。

つまり、社会的な面で言えば「平等」と「公平」の違いを理解しておくことは、とても大切なことです。

 

一見すると「平等」は、とても平和的で美しい概念であるように感じられます。

しかし、それと同時に、「平等」は「自由」を制限する概念であると捉えることもできるのです。

「平等」の名のもとに、経済的・政治的・社会的な「同一性」を実現しようとするメカニズムは、人々の“最高の目的”の実現に反するものかもしれません。

そう考えた時、私たちに必要なのは、“機会の”平等であって、“現実の”平等ではないということが分かるでしょう。

そして、それこそが「公平」ということなのです。

 

 

長々と説明をしてしまいましたが…

簡単に要約すると、こんなことを言いたかったのです。

 

私たちは、それぞれが自分を自由に創造するために生きています。

それぞれが違う人間なのだから、みんな同じであることは難しいでしょう。

だから、違うものは違うんだなぁって、ただありのままを観察すればいいのです。

みんなが好きなように感じ、考え、行動できる“機会の平等”さえ用意されていれば、あとはそれぞれが自由に生きていく…

自分の“最高の目的”を実現するためにしたことが、結果としてみんなのために役立っていくのですから。

 

 

We are all one!

 

小坊主

 

 

 


 

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